京都の中心・上京区から世界へ −佐々木酒造の挑戦−

日本酒というと、皆さんは何を想像しますか?
東北や北陸の米どころをイメージする方も多いのではないでしょうか。
しかし、ここ京都は全国でも有数の酒どころで、美味しいお酒がたくさんあるのです。
そんな京都の中でも、特に珍しいのは街中でのお酒造り。
京都を代表する俳優、佐々木蔵之介氏のご実家としても知られる、老舗の酒蔵をご存知ですか?
今回は、京都の中心といえる上京区に蔵を構える、佐々木酒造さんにお話を伺いました。
もくじ
サラリーマンからの転身

――まず初めに、佐々木社長ご自身の経歴についてお伺いします。
最初は、サラリーマンとして営業をしていました。
本来は兄(俳優の佐々木蔵之介氏)が家業を継ぐ予定だったのですが、「やらない」ということになりまして、代わりに私が入ることになりました。兄が俳優をやっている間だけ「とりあえずやっておこう」と思って始めたのが、今までずっと続いているという感じです。
よく「酒蔵を継いだときの覚悟はどうでしたか」と聞かれるのですが、覚悟なんて全くなくて。とりあえず一旦引き受けて、それが長く続いているだけなんです。「次へつなぐ」というのが私の仕事だというつもりで、細々とでも続けられたらという思いでやっています。
――最初は営業職をされていたとのことですが、何年ほど続けられたのですか?
2年ですね。当時は先輩と上司にすごく恵まれました。
その後、長く商売をやってきましたが、あの時の先輩や上司よりも「できる人」というのは見たことがないくらい、非常に優れたお2人でした。今でもお付き合いがあるんですが、新卒の時にそういう人たちと一緒に仕事ができたというのは、私にとって本当に良かったと思います。
――お酒を造る上で、何を大切にされていますか?
我々がお酒を造っていると言いますが、実際にお米をお酒に変えているのは微生物の力です。微生物の温度管理や、清潔な環境を保つことなど、基本に忠実に、きっちりとやることを心がけています。
また、今は誰がやっても安定的にものが造れる状態を整備しているところです。
日本酒業界は未だに「経験と勘」でやるのが良しとされる部分もあります。もちろん原料は農産物なので、お米の水分量や硬さなどの微調整には経験が必要ですが、基本的にはしっかり計測をして、安定的に良いものを造ることを重視しています。
――お酒を造る職人の方と、経営される社長との役割分担はどのようにされているのですか?
1年間の製造の方針を一緒に決めて、あとは任せています。出来上がったお酒を売っていく営業販売も含め、それぞれある程度独立して進めているんです。お酒造りに関しては、私より彼らの方がプロフェッショナルですから。
私からは、相談を受けたら「こうした方がいいんじゃない?」と方針を伝えるくらいですね。
日本酒を日常のお酒に

――最近、若者の日本酒離れが進んでいると言われますが、若い人はあまり日本酒を飲む習慣がないのでしょうか?
最近始まったことではなく、昔から若い人はあまり日本酒を飲みません。私たちが学生の頃も全然飲みませんでしたし。
むしろ最近は「日本酒イベント」のようなものが増えていますよね。昔はそういうものがなかったんです。酒蔵が集まってお客さんを呼んだり、スタンプラリーをしたり。そういう場所には若い人の来場が非常に多いです。
それを見ると、イベントごとでは飲むけれど、酒屋に行って酒を買って家で飲むということはない。日本酒が「非日常のお酒」になっているんですね。それを日常にしていきたいと思っています。
日本酒はそもそも、お祭りの時に神社で振る舞ったのが起源とされています。だからイベントごとで飲むのは、ある意味理にかなっているんですね。そんな中で、私たちは飲む機会を増やせるように心がけています。
――初めて飲む人におすすめのお酒はありますか?
とりあえず「大吟醸」を飲んでみてほしいですね。
私自身が一番好きなのは、冬~春のしぼりたての新酒です。フレッシュなのが美味しいですね。今の時期だと「聚楽第 吟醸あらばしり」とか、「古都 しぼりたて」とかですね。

――日本酒に合うおすすめのおつまみはありますか?
ペアリング(お酒と料理を組み合わせて楽しむこと)とかよく言われますけど、正直よく分からないんですよ(笑)。
日本酒はワインなどと違って、単体でバランスが取れるように造られています。だから、別に何に合わせなくてもいいんです。和食自体もバランスを考えられているので、どれと合わせてもだいたい大丈夫です。
――日本酒以外で、力を入れている商品はありますか?
今はリキュールに力を入れています。リキュールというのは、ジュースみたいな甘いお酒です。梅酒なんかもリキュールに含まれます。
数年前にリキュール免許を取って、今は柚子リキュールとレモンリキュールを造っているんですよ。今後、梅酒をリリースする予定もあります。
――なぜリキュールを造ることになったんですか?
日本酒が昔ほど売れなくなったからです。
日本酒の生産は、昭和48年がピークなんです。そこから毎年5%ぐらい減り続けていて、今は当時の1/4ぐらい。
日本酒って、酒類全体の中のシェアは5%ぐらいなんですよ。「國酒」と言われる日本酒が、ですよ。一方で、リキュールは30%に迫る勢いになっています。
本業は日本酒だけれども、日本酒を続けるためにリキュールもやっていかなあかん。今はそれぞれの日本酒メーカーが、梅酒やジン、クラフトビールなど、いろいろなものを造っています。
「SASAKI」を海外へ

――海外にも日本酒を卸されているということですが、国によって味の好みが違ったりするんでしょうか?
全然違いますよ。国によって好みが違うので、合わせていかないといけない。現地のスタッフの人たちにどれが好みか聞いて、選んでもらいます。国によって全然違うんです。
例えば、タイの人は妙に山田錦のお酒ばかり選ぶんです。「米の種類を伝えてへんのに、なんで山田錦ばかり選ぶんだ?」って(笑)。なんか合うんでしょうね。
――国に合わせてお酒をカスタマイズするのも必要なんですか?
必要でしょうね。最近は、海外向けに「佐々木」という商品を販売しています。ラベルは知り合いのデザイナーさんにデザインしてもらいました。
名前をつけるときは、迷いましたね。デザイナーさんとも相談して、「聚楽第(じゅらくだい)は難しい名前だから、佐々木でいこう」となりました。
「佐々木って、自分の名前をつけるのは嫌やな」って言ったら、「ルイ・ヴィトンでもシャネルでも、創業者の名前がついてるから」って言われたんです。「さすがデザイナーの考えやな」と思って(笑)。
海外では「SAKE」と書くと「セイク」って読まれちゃうんですよ。だから「SAKI(サキ)」って表記するときがあるんです。それで「SASAKI(ササキ)」っていう自分の名前は奇跡みたい、将来これをどんどん売っていったら、日本酒のことを「ササキ」って呼ばれる、とデザイナーさんが言っていました。
――社長が海外に行かれることも多いんですか?
よく行きますよ。
英語もちょっとやってるんやけど……なかなか聞き取りが難しいです。学生時代に長いこと勉強したんですけどね、全然できひん(笑)。
大学では中国文学科だったので、英語より中国語の方がちょっと得意なぐらいです。
海外に行っても、英語を話す人はたくさんいるけど、中国語を話す人は少ないので、すごく喜んでくれるんですよ。
上京区で酒蔵を営む
――洛中・上京で蔵をかまえることの良さは何だと思われますか?
京都観光に酒蔵見学を組み込めることですね。
2021年から酒蔵見学(酒蔵ツーリズム)を受け入れているんですが、何年か取り組んでいるうちに、酒蔵ツーリズムではうちが代表的な酒蔵になったんです。
でも、うちの取り組みが特別素晴らしかったわけではないんです。酒蔵見学なんてどこも同じで、蔵を案内して、利き酒をするくらい。うちが特別なことをやっているわけではありません。何が違うかというと、「場所」が良いんです。
うちに来て、二条城に行って、北野天満宮に行って、晴明神社に行って……。他にも表千家の茶道会館や、鶴屋吉信の本店で和菓子作り体験をすることもできる。この上京区だけで、いろいろな伝統産業や伝統工芸に触れる場所がいっぱいあるんです。こんなに観光資源に恵まれた場所はなかなかないんですよね。多分うちが日本で一番恵まれています。

私は大学時代に「学生ガイドクラブ」というところに所属して観光ガイドをしていました。そのクラブの後輩たちが今、観光ビジネスの会社を立ち上げて、「らくたび」というサービスをやっています。
京都の観光名所を回りながら、京料理とうちのお酒を飲むというコースを考えてやってくれているんです。協力してくれる観光協会さんや旅行会社さんにも恵まれて、うちが酒蔵ツーリズムの代表になりました。

――社長が仕事をしていて、一番ワクワクする瞬間はどんなときですか?
ワクワクする瞬間……そうですね。酒蔵ツーリズムやリキュールなど、新しいことを「どうやってやろうかな」と、商売について考えているときですかね。
新しいことをどうやっていくか、どうビジネスにつなげるか考えるのは面白いですね。誰に相談するかなど、いろいろと考えているときが至福の時間です。
――最後に、京都の学生たちに一言メッセージをお願いします。
学生さんなら、今のうちにいろいろな仕事を体験してほしいと思います。以前、大学で講演をしたら、1回生の子が「私、将来何になるか全然プランがないんです」と言うんです。私からすれば「俺なんか4回生でも何しようか?って言うてたで」と思うんですけど、彼女は真剣に悩んでいるんですよ。
そんなこと、全然心配しなくて大丈夫ですよ。いろいろなことを経験したらいい。私も学生時代にガイドクラブにいたことが、今すごく役に立っていますから。
おわりに

「次へつなぐのが私の仕事」と語る佐々木社長の言葉には、老舗の重圧を感じさせない軽やかさと、着実な歩みがありました。
基本に忠実な酒造りを守りつつ、リキュール開発や海外展開など、時代の変化に合わせて柔軟に動く姿がとても印象的でした。
皆さんもぜひ、京都の中心部・上京区の空気と共に醸された一杯を、「日常」の中で楽しんでみてはいかがでしょうか。
(取材・文 同志社大学 文化情報学部 齊藤夏帆)
(取材・撮影 同志社大学 法学部 足立隼太郎)
(取材 京都工芸繊維大学 工芸科学部 佐藤浩一)
(取材 京都産業大学 文化学部 水取 咲綾)

