インタビュー

【学生がつなぐ!京の社長バトン】西陣織を日常に変える挑戦とは?岡文織物・岡本夏樹氏にインタビュー

【学生がつなぐ!京の社長バトン】西陣織を日常に変える挑戦とは?岡文織物・岡本夏樹氏にインタビュー
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こんにちは!皆さんは「西陣織」と聞いて、どんなイメージを持ちますか? 「格式が高そう」「自分たちにはまだ早いかな……」そんな風に思う方も多いはず。

京都に本社がある企業の社長にお話を伺う社長インタビュー企画。第3弾となる今回は、江戸時代に創業し300年の歴史を持つ「岡文織物」の社長、岡本夏樹(おかもと・なつき)氏にお話を伺いました。
伝統を守りながらも、イタリア製最新織機の導入やアニメキャラクターとのコラボ商品を開発するなど、その中身は驚くほど革新的!「西陣織を日常に」と語る岡本社長から、さまざまなお話をお聞きしてきました。

300年の看板を守るために。「西陣織“も”ある生活」とは?

――ここ西陣には他にもいろんな織物のメーカーがありますが、他のメーカーにはない独自の強みを教えてください。

西陣織を使って着物の帯を製造するのが、岡文織物の主な事業です。
着物の帯にもいろんな種類がありますが、西陣って帯の産地としてすごく有名なんです。

300年ほど前に「六文字屋」として設立して、明治以降は基本的に帯の製造販売が中心でした。そんな中、私の祖父が約 60年前に岡文織物として法人化して、高度経済成長の波に乗ってかなり規模を拡大しました。

そういう意味では、1つの製品だけではなくて、いろいろな種類の帯を織れるっていうのが、大きな強みです。

とはいえ今は、業界の規模がかなり縮小してきて、昔のように商品が何でも売れるっていうわけではなくなったんです。その中でもここ数年では、新しいコラボ商品や現代の感覚に合わせた配色・柄をなるべく取り入れるようにして、ものづくりをしています。

――西陣織“も”ある生活を提唱されていますが、伝統的な西陣織と、現代のライフスタイルを融合させるために、どのような戦略で商品を展開されているのでしょうか? 

西陣織が主役じゃなくても、生活の一部に潜り込めればと思って、数千円で手に取れるポーチなどの雑貨を展開しています。

この業界に入るときに、SNSに書いたんですよ。「家業を継ぎます。西陣織や着物、帯のことで相談があったら誰でも言ってください」って。そしたら、一件も相談がなかったんですよね。日常生活の中から着物文化が消えていってしまっていると感じていました。

でも、西陣織というブランド自体は、万博のパビリオンにも採用されたりして名前が知られていると知って、生地自体は日常でもいろんな使い方があるな、と思いました。
ファッションや雑貨に西陣織の生地を落とし込む事業は最近も継続していますし、インテリアに向けた活用にもチャレンジしています。

早い段階から和装のアイテムを1つでも持つことによって、ライフステージが進むにつれて、将来のお宮参りや七五三といった人生の節目で「着物を着たい」と思った際に、西陣織が自然に選択肢に入ってほしいと考えています。「そういえば、学生の時に西陣織の財布使っていたな」とか、大切な瞬間に思い出してもらえる存在を目指しています。

――最近のお仕事の中で、一番印象に残っているものはなんですか?

僕がやっていて楽しいのは、あまり表に出ていないかもしれないですが、額装された記念品の制作です。オリジナルで織った西陣織の生地を、額に入れて飾れるようなものを作っています。

弊社にご来場されたお客様が取引先の100周年記念として、西陣織額装の記念品のご発注をいただいたのが最初だったかな。
ロゴのデザインを落とし込んで、背景は吉祥柄という和柄で表現しました。すごく喜んでいただいた商品ですね。

――結構細かいですね。作るのは大変ではないんですか?

大変ですね。作るのに手間がかかるし、大体納期が短いんですよ。「来月までにできますか?」とか言われたり(笑)。

普段制作している帯などは完全オーダーメードの割合が少なくて、いくつかの型の中から選ぶセミオーダーが多いんですよね。
一方でこの記念品は、お客様の要望を聞きながらフルオーダーで作って、ふさわしい柄を提案して当てていきます。サイズは小さいですけど、唯一無二の作品でお客さんに喜んでいただけるので、面白い作業だと思っています。

――西陣織は昔ながらの伝統的な作り方という印象がありますが、最新の技術を入れている部分はありますか?

レピア織機というイタリア製の最新の織機を2022年に導入しました。
これまで西陣織用に使われてきた織機が、国内では現在ほとんど作られていないんです。
しかも、従来の織機は帯幅(約32cm)を超える大きなサイズの生地を織るのは難しい。
ファッションやインテリアなどで求められる100cm以上の生地を製造するためにも、海外製の織機を選びました。

ですが、レピア織機を使っている西陣織のメーカーは稀で、導入したのはいいものの、使い方も試行錯誤しました。担当の職人さんが織機メーカーの研修に行って使い方を覚えて、西陣織特有のアレンジを加えて運用しています。普通に作ると、従来の織機とは生地の触感が異なってしまうので、風合いを近づけるために今も試行錯誤しています。

コロナ禍で異業種から家業へ

――岡本社長は2020年11月に岡文織物に入社されて、2024年に社長に就任されています。会社を継ぐことになった時のご自身の心境はどのようなものだったんですか?

入社のきっかけは、2020年9月に第二子が生まれたことですね。
僕は長男でしたし、いつかバトンが回ってくる可能性はあるかなとは思っていたけど、具体的にいつ継ぐなんて話は全くしてなくて。

当時は東京でサラリーマンをやっていたんですが、コロナ禍になって、緊急事態宣言を繰り返している中で、妻から「絶対に育休を取ってほしい」と言われ、育休に向け仕事の引き継ぎを進めていました。

そんな時、たまたま父親に会ったんですよ。着物業界がコロナ禍で苦境にあるというニュースは知っていましたし、会社は大丈夫なのかと尋ねると、「全然大丈夫だ」と言っていましたが、内心では違和感を感じていました。

もしコロナでボロボロになった状態で父親に「後は任せた」と言われても困るなと思って。今だったら仕事も引き継いでいるし、勤めている会社に迷惑をかけないと思って、「育休ではなくて、辞めます」と伝えました。ドアを叩くなら今しかないという気持ちでした。

「辞めて、会社に入る」と父親に言って、「だって会社はびくともしないんでしょう?」と聞いたら、「まあそうだけど…」という話をしていたんですが、やっぱり全然そんなことはなく、まあまあ大変な状況でした(笑)。

想像以上に大変な状態からのスタートでした。

――入社した当初はどんなお仕事をされていましたか?

以前は、製品を問屋さんに卸販売をするスタイルでしたが、コロナ禍でその取引の数が激減していて。このままだと立ち行かなくなると思ったし、私の父や叔父にも「既存のビジネスだけじゃなくて、新しいビジネスを考えてほしい」と言われていました。

一応肩書きは「社長室長」とか名前が付いていましたけど、別に肩書きなんかどうでもよかった。まずは、どうやったら既存の着物ビジネスを立て直し、インテリアやファッションなど和装以外の用途で西陣織の生地を展開できるかを考えていましたね。

――社長は以前、証券会社やコンサルティング会社にも勤務されていましたよね。いろいろな業界での経験が今の仕事に生かされていると感じますか?

とても感じますね。
1社目の外資系証券会社に入社した2008年には、リーマンショックが起こりました。新人研修でロンドンに行っている最中に金融危機が起き、帰国すると同僚が即日解雇されるような厳しい状況でした。

当時は社内でも仕事があまりない状態で、上司から「今のうちに勉強しておけ」と言われて、会社のバランスシートや数字の見方を教えてもらいました。
金融の知識や決算処理を通じて、数字を見る感覚が鍛えられたことは、会社を経営している中で本当に役に立っていると思っています。

その後、3社目のコンサルティング会社でも今に繋がるいろいろなことを経験しました。
例えば、朝7時から駅前でビラ配りをするとか、そんな泥臭いこともやる会社だったんですよ。そういうのも「いつか自分が何かをするときに絶対に役立つ」と思いながら、やっていたところはあって。

特に印象深かったのは、ウェディングドレスを販売する会社を担当していたときです。
ウェディングドレスと着物は、洋式か和式かという違いだけで、ビジネスの本質は似ていると思っています。そういう意味では、この時の知見も今に生きているんじゃないかなと思いますね。

変化を恐れない姿勢

――お仕事以外ではどんな趣味をお持ちですか?

京都に戻ってくるまでは、毎週クラブチームでラグビーをやっていて、全国大会にも出場していました。
今は家族が東京にいるので、平日は京都で働いて、週末は東京に戻るという生活を5~6年続けています。だから、休みの日は子どもと触れ合う時間が圧倒的に多いです。

趣味は幅広いですね。スポーツはプレイするのも観るのも好きだし、映画や読書も楽しんでいます。あと、去年は歌舞伎を毎月のように観たんですよ。映画『国宝』の影響かもしれないですね(笑)。

他にも落語やミュージカルなど、エンタメ全般が大好きです。やっぱり触れてみると奥が深いし、面白い文化だと思いますね。

――社長が普段大切にされている考え方はなんですか?

仕事においてもプライベートにおいても、大切にしているのは「変化に対応すること」です。社内でも「変化を恐れるな」と常に伝えていますね。

僕が会社に戻った時に、織り手さんへの発注を激減させたんですよ。父親たちからは「そんなことしたら、織り手さんが辞めちゃうぞ」って、それはもう大反対されました。でも、コロナ禍で販売高が半減しているのに生産量を変えなかったら、傷が広がるだけなんです。
「作る量は減るけれど、今は我慢してほしい」と伝えるのは、相手にとって不利益な判断を強いることでもあります。しかし、良い顔をして続けて会社が潰れてしまっては元も子もありません。

覚悟というほどかっこいい話じゃないけど、経営者として、また日々のコミュニケーションでも、言いづらいことを誠実に伝える姿勢を大切にしています。

世界最大の職人の街「西陣」

――社長が思う、京都のまちのいいところは?

僕は人生の半分以上を東京で暮らしていて、今でも東京と京都を毎週行き来しているんですけど、京都のこと嫌いな人ってほぼ皆無だと思っています。
僕も東京で新しい人に会うと「京都!いいよね!」と言っていただくように、やっぱり京都が好きな人ってすごく多いんですよね。京都出身とか、京都に住んでいたということ自体が、すでに名刺がわりになるんです。

もし大学4年間を京都で過ごすなら、京都の奥深いところを少しでもかじっておくべきだと思うんですよね。就職して京都を離れたとしても、「学生時代に京都にいて、こんなことまで知っているんだ」という知識は、絶対にどこかで生きてきます。
「京都にいた」「京都のことを知っている」という事実は、不思議なことに、どこか神聖化されているところがあるんです。それは本当に強く感じますね。

僕自身、今それをフル活用することで、東京でも人脈が広がっている実感があります。「京都」という名前を出すと話が進む。それは本当にいいものですよ。

――京都の中で好きな場所はどこですか?

いっぱいありますけど、僕としてはやはり西陣エリアですね。西陣織は1467年の応仁の乱以降、西軍の本陣が置かれたエリアで発展して、その名が今も残っています。一方で、東陣があった場所には名前がほとんど残っていないんですが、それは名前に紐づく産業が残らなかったからでしょう。

500年以上の歴史があって、これほど職人の色が濃く残っている街って、世界広しといえども本当に少ないんですよ。西陣織の組合に加盟している会社だけでも数百あり、染めや加工などの関連事業者を含めれば、このエリアだけで数千もの事業者が現存しています。これだけ多くの職人が今も活動している姿を見られる街は、世界中どこを探してもありません。西陣は「世界最大の職人の街」だと思っています。

そうした伝統技術や最新のテクニックが息づく街として、西陣をもっと押し出していきたいですね。いろんな人に来てもらって、機の音を聞いたり、ものづくりの現場を見たりする機会が増えたら面白いですよね。

ここ(西陣)の隣には上七軒という花街もあります。京都はオーバーツーリズムだと言われるけど、それって市街地の南側が中心なんですよね。「いや、このあたりは全然人いないですよ!まだまだ快適ですよ!」って言いたいです(笑)。まだ知られてない京都の魅力を伝えて、もっと北のエリアにも観光客に来てもらえたらいいですね。

AI時代に求められるコミュニケーション

――最初は企業に就職されて、今は経営者をされていますが、その立場から就活のアドバイスや、若い世代へのメッセージをお聞きしたいです。

いろんな人とコミュニケーションを取ってほしいですね。若い人は対人のコミュニケーションがおっくうになっている人が多いと思うんですよね。
最近は対人じゃないコミュニケーションがすごく増えていますよね。AIは何をやっても「それは素晴らしいですね!」って褒めてくれるし、スマホと向き合っている時間が1日で一番長い人も多い。
生身の人間と会うことは、楽しさだけでなく面倒なこともあるけど、それを恐れない人が強いんじゃないかと思います。
人と接しなければハラスメントも起きないから安心かもしれないけど、結局リスクを取らないことには何も生まれない。AIとの対話で完結させるのではなく、それを踏まえて次のアクションに移すためにも、多くの人と話すべきですよ。

あとは、自分の中に「軸」となる経験を持つことも大切です。僕自身、就活時はラグビーに打ち込んだことばかり話していました。人と違う経験や独自の視点があれば「この人は面白い」と一際目立つことができます。皆がコミュニケーションを難しいと感じている今の時代だからこそ、あえて外に出て逆張りをすれば、それだけで際立つチャンスになりますよ。

さいごに

インタビューを終えて、西陣織という伝統工芸がぐっと身近に感じられるようになりました。取材後、教えていただいた西陣エリアを少し歩いてみたのですが、いろいろなところから織機の音が聞こえたり、段ボールが積まれた軽トラックが走り回っていたりと、岡本社長が「世界最大の職人の街」とおっしゃった理由がわかりました。皆さんもぜひ、西陣エリアの魅力を感じ取ってみてください。

次の「社長バトン」は、どんな方に繋がるのでしょうか?お楽しみに!

 

(取材・文 同志社大学 法学部 足立隼太郎)
(取材 龍谷大学 社会学部 西村慶信)
(取材 龍谷大学 社会学部 武居美伶)
(取材 立命館大学 産業社会学部 笹瀬明子)

この記事を書いた学生

足立隼太郎

足立隼太郎

同志社大学 法学部

好きなもの:唐揚げ、牡蠣
嫌いなもの:イントロに入るまでが長すぎるMV