インタビュー

『松本幸四郎が語る日本舞踊の世界』講演会レポート&井上八千代さんインタビュー【後編】

『松本幸四郎が語る日本舞踊の世界』講演会レポート&井上八千代さんインタビュー【後編】
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後編では京舞・井上流家元の井上八千代さんへのインタビューをお伝えします。

京舞井上流家元、井上八千代さんインタビュー


講演会の後、松本幸四郎さんと同じく日本舞踊協会常任理事である、京舞井上流家元の井上八千代さんにインタビューをさせていただきました。

―筆者
本日の講演会「松本幸四郎が語る日本舞踊の世界」はどのような経緯で企画されたのでしょうか?

―井上八千代さん
今回の企画は、松本幸四郎理事が「12月は京都に顔見世歌舞伎で行くし、行っている間に協会理事として何かできることがあるかもしれません」とつぶやかれたのを、私が覚えていたことから始まりました。「お役に立つことがあったら」と言っていただいているのに、何もしないのはどうかと。会場はどこがええかと考えましたら、こちらの花街の方も「歌舞練場の舞台でどうですか」と言うてくれはって。
準備の段階で、映像やスライドはどうですかとお聞きしたんですけど、幸四郎さんは「自分一人で、おいでいただいたお客様と交流したい」とおっしゃったんです。演奏家さんを呼ぶと大層なことになるから、お話だけでも、と。実際にこういう舞台でお話を聞いていただいて、それが後々「自分も舞踊をやってみよう」「お芝居を見てみよう」というきっかけになればいいなと思いました。
今日のお客様は、若い方もおられましたが。どこの協会でもこういう伝統芸能の集まりは人数が減ってきて、高齢化しています。その中で、「日本舞踊を生の舞台で見てみようか」と思ってもらえたら、それが一番やと思っております。

―筆者
舞をする上で大切にしている言葉や座右の銘などはありますか?

―井上八千代さん
特別何か一つの言葉っていうことはないですけれども、お花の世界でも「大きなものを一つの小さな生け花に集約する」というような言い方があります。日本の芸能には、“大きな宇宙を、一つの小さな所へ閉じ込める”というところがあると思うんです。
私たちの京舞というのは、一つ一つのフリで止まるんです。山を見て止まる。泣いて止まる。けれど、それは実は続いていてその止まった長い「間」の中で、言葉があるかないか分からん中でフリをする。そこに一人の女性の心、ある種の物語を作れるかどうか。お客様がそれをどう受け止められるかは分かりませんけれども、そういうやり方です。

―筆者
最近は若い世代にとって伝統芸能は少し距離がある、あるいは『敷居が高い』と感じられがちですが、八千代さんは今の状況をどのように見ておられますか? また、京都で学ぶ私たち学生が、どのように伝統芸能と向き合っていけばよいでしょうか。

―井上八千代さん
一番難しいのは、今の時代、身近に伝統芸能がないということです。私が子供の時分は、親や周りの人が日本舞踊やお箏、お茶、お花をしているのが当然のようにありました。それが今、生活様式が変わって、正座をするということがなくなり、廊下や畳のあるお家も少なくなってしもた。舞妓さんになりたい子でも「京都へ来るまで椅子で生活していました」という人が多いんです。
正座もしたことがない人に興味を持ってもらうのは難しい。けれども、京都へ来たら、振り向けばそういうところが沢山ある。お寺に入って座ることもできるし、お花があったり、お香が焚いてあったり。そういうものが手近に体験できるのが京都です。
能楽堂だっていくつもありますし、行こうと思えば、探せばいくらでも触れることができる。一日中能楽に浸ることもできます。直に見ることは、大切な経験ですしね。若い皆さんも、見るだけでもいいんです。京都を楽しみながら、大学生活の中で色んなところに行って、本物に触れてほしいなと思います。

―筆者
初めて日本舞踊を見る方に向けて「ここはぜひ注目してもらいたい」というポイントなどありますか?

―井上八千代さん
日本舞踊は「どこがポイントですか」と聞かれると、一括りに説明するのが大変難しいジャンルなんです。沖縄舞踊や能楽のように分野の定義がはっきりしているものとは違って、歌舞伎舞踊から地唄舞まで幅がとても広いですから。逆に一括りにできないところに魅力があるとも言えます。
舞っていうのはね、やはりね「自分勝手な一人よがりな芸能」なんです。自分の思いの中で、自分と対話した事を形にする。特に私のやっている京舞や地唄の舞は、言葉が断片的で、三味線の音楽で繋いでいるようなもの。「黒髪」なんていう曲やったら「くぅろーーかーーぁみーーぃのぉーー」というくらい、ものすごくゆっくりした中で舞います。演者の思いをお客様がどう受け止められるかは分からへん。分からない中でも、舞台を通してお客様と心が通い合う瞬間がある芸能やと思うんです。
皆さんも、何も思わずにご覧いただいて、躍動的なのがいいなとか、姿が綺麗やなとか、何か一つでも「ここが好きやったな」ということを感じていただければ。全然面白くなかった、ということでも、また別のものを見てほしい。出会われたものの中から、好きやったところを大切にしていただきたいです。

―筆者
伝統芸能というのは継承、続けていくという面と、成長していくという面の2つがあると思いますが、お家元は継承と新しいチャレンジのバランスについてどのようにお考えですか?

―井上八千代さん
うちの流儀は割合に保守的です。けれど地唄舞というのは不思議なもので、型や振りはきちんと伝承はしますけれど、人それぞれの個性がものすごく出やすいんです。幸四郎さんもおっしゃっていましたが、まずは基礎や技術を全てやることが大切で、性根なんかは後から来る。本当にそうなんです。基礎を積んだ上で、その先に出てくるものはバラバラでええ。
同じ曲を舞うにしても、一年経てば見えてくるものも変わるし、同じ曲と新たに向き合う時には初めての曲に出会ったような気持ちになります。そうやって伝承を大切にしながらも、時折は新しいものに挑戦しないといけない。新しいものを作らなくなると、完全にパターン化してしまいますから。自分の好きな型だけを繰り返すのではなく、そうじゃないものを入れる。伝統と革新のバランスというのは、今の自分の心を人に伝えたり舞で語りかけたりするにはどんな表現が良いのかとその繰り返し試行錯誤する中で続いていくものやと思っております。

―筆者
最後に、京都の学生、そして未来の京都の学生にメッセージをお願いいたします。

―井上八千代さん
京都という町は、京都の外から来た方がちょっと違うことをした時に、どう受け止めてどう変えていくかということが大切です。
京都へ来てそのまま元のところへ帰る学生さんも、京都にいて起爆剤になってくれる方も、色んな方がいはるかもしれない。けれど、私たち舞踊の世界でも、世襲だけじゃなくて新しい風が入らないといけないというのは、町のあり方と同じことやと思うんです。
京都の町でしか味わえないことを味わって、楽しんで、学んで。そうして得たもので京都の良さを生かして、変えていかはるなり、残らはるなりしてほしいと思います。4年間の学生生活の中で、ぜひ「今の京都」を楽しんでください。

おわりに


筆者自身、松本幸四郎さんと井上八千代さんの大ファンでしたので、今回取材をさせていただけて夢のようでした。
日本舞踊や歌舞伎をあまり知らない人も、一度は京都に住んでいる間、実際に見てほしいなと思います。きっとそこにはまだ知らない新しい世界が広がっているはず!
4月には井上八千代さんがご指導されている、祇園甲部さんの春の公演「都をどり」が開催されます。この記事を読んで日本舞踊に興味がわいた方は是非観に行ってみてください!

(取材・文 京都産業大学 文化学部 水取咲綾
取材 同志社大学 法学部 足立隼太郎)

この記事を書いた学生

齊藤夏帆

齊藤夏帆

同志社大学 文化情報学部

かほじゃなくてなつほです。主食は音楽。