【学生がつなぐ!京の社長バトン】京スイーツの定番!マールブランシュ社長・河内優太朗氏にインタビュー

こんにちは!今回は、京都に本社を置く企業の社長さんにお話を伺う「社長インタビュー企画」第2弾として、京都の洋菓子屋として有名なマールブランシュを運営するロマンライフの社長、河内優太朗さんにインタビューしてきました。マールブランシュの魅力をはじめ、現在に大きな影響を与えた学生時代や大きな変化となったコロナ禍の取り組みなど、様々なお話を伺いました。
ところで、皆さんは「京都クオリティ」という言葉を知っていますか?
この言葉は「世界から京都、そして京都から世界に」という、マールブランシュさんの事業や商品を体現する確かな指針とされています。
もくじ
マールブランシュとは

―まずは、マールブランシュについてお聞きします。京都クオリティを掲げたきっかけはありますか?
「京都クオリティ」を掲げたのは20年前ぐらいだったと思います。それまでは全国の百貨店に出店するのが目標で、北は北海道、南は熊本まで全国に37店舗展開していました。しかし、その当時は「自分たちの独自性とは何なのか」があんまり見えておらず、マールブランシュならではの強みがわかりませんでした。
そのような葛藤の中で改めて考えたときに、自分たちの一番のオリジナリティって「京都の洋菓子屋さん」なんじゃないかなって思ったんです。「洋菓子」という、京都になかなかない文化を通して、京都の歴史や風合をお客様に提供できるのが私たちのオリジナリティではないか?そう考え、「京都クオリティ」を掲げました。デザインや商品開発も京都に限定するため、全国にあった店舗を閉めて京都の店舗に絞り、改めて事業を始めました。
― “京都で洋菓子”というところがポイントだと思うのですが、着目したきっかけはありますか?
実は、マールブランシュの原点は祖父が京都に開いた喫茶店なんですが、祖父と父が洋菓子を始めたことがきっかけでしょうか。父が神戸の大学に通っていて、神戸にあった洋菓子店の影響を受けて着目したようです。そして、大手との価格競争を行っていく中で、きちんと価値を出せる洋菓子に転換していったという感じです。
食のカテゴリーの中で高級なカテゴリーに入る洋菓子をやってみたい、という思いも始めたきっかけの1つだと思います。
大きな転換点になったコロナ禍

―コロナの時期は飲食業に大きな影響を与えたと思いますが、その時期はどう乗り越えていましたか?
配達を徹底的に行い、キッチンカーを購入して移動販売をしました。また、オフィスもコロナ禍の最中にリニューアルオープンし、地域密着のお店づくりや営業スタイルをより強化しようと取り組みました。
―配達の際に、お客様から感謝されることもありましたか?
それはありました。本当に嬉しかったですね。当時売上は大きく減少し、正直自分の役割はもうなくなったんじゃないかと思っていました。でも、たった一人のお客様でも配達に行くと本当に喜んでくれる。コロナ禍でも少ないながら買いに来てくださる方がいる。その一人ひとりの声や姿を感じることで、「ちゃんと求めてくれているお客様がいるんだ」と実感できました。気持ちの面では大きな転換点になりました。
―コロナ禍でも京都クオリティは意識していましたか?
より強く意識していました。自分たちはお米や水などの生活必需品を売っているわけではないので、洋菓子は“不要不急なもの”として扱われたんです。そんな状況でも、お客様が来てくださる。だからやはり洋菓子が“必需品”ではあるのは間違いないと感じました。
より必需品だと思っていただくためには「京都クオリティ」というオリジナリティを強化しなければならない。「やっぱりマールブランシュじゃないとあかん」って言ってもらえるようにならないと、と強烈に感じましたね。
「京都らしさ」と商品・店舗の独自性

―老舗が多く集まる京都という地で洋菓子店を営まれる中で、京都だからこそ感じられる独自性はあったりしますか?
常にチャレンジし続けることが僕たちの役割だと思います。京都には長い歴史を積み上げられた素晴らしい老舗さんがたくさんあります。その中でロマンライフは“なんか、おもしろいことやってはんな”と思ってもらえる存在でいたいと思っています。まだまだ道半ばだからこそチャレンジへのハードルが低い。だから守りすぎず、攻める。これが僕らのスタンスですね。実際にコロナの時にはYouTubeを始めてみたり、「今こそチャレンジするときだ」と背中を押されてどんなことにもチャレンジしてみました。
―老舗のお茶屋さんが洋菓子商品を出されることもありますが、競争相手だと意識されていますか?
競争相手だと思っています。お菓子って参入しやすい商品なので、和菓子屋さんやアパレル会社などいろんな業種から入ってくる。だから、競争相手は本当に多いです。そんな中で大事にしているのは、“僕らは「お茶屋」ではなく「洋菓子屋」であること”です。生クリームの立て方やスポンジの焼き上がり方といった洋菓子の技術だけは、絶対に負けないという意識を持っています。
―マールブランシュの代表商品「茶の菓」を開発する際に広報や開発で意識したことは何ですか?
広報については、京都のマールブランシュでしか売らないという戦略をとりました。当時あった京都の5店舗限定で販売し、CMや雑誌広告もしませんでした。
開発で一番こだわったことは“抹茶クッキー”ではなく“お濃茶ラングドシャ”だという点です。使用したのは一番茶という高級な抹茶。甘みやうまみは強い反面、火にとても弱い。焼き菓子でありながら抹茶の緑を消さずに、香りとうまみを残す。このバランスが難しかったです。開発には2年かかっています。
―商品だけでなく企業・店舗のこだわりはありますか?
企業として大事にしているのは「無限に大きくしないこと」。
地域密着の洋菓子ブランドとして成長し、そこから先は新規事業を立ち上げていく。一つのブランドを大きくし続けるよりはたくさんの会社をつくる未来を描いています。
店舗づくりにもこだわっています。一般的なお店より1.5倍は投資しており、現在ある13店舗それぞれに色を作っています。例えば、京都駅のようなスピードが求められる場所と、ゆっくり過ごしてもらうロマンの森のような店舗では設計や接客も全く異なる。しかし、どの店舗にも共通していることは「あたたかみ」と「どこかに京都を感じる」ことです。それを大事にしています。
社長になるうえで大きな影響を与えた大学時代

―大学時代の経験で現在に生かされているものはありますか?
サッカーサークルのキャプテンをしていたことはとても生きていますね。チームのリーダーって、めっちゃできる人とか、いい方針を掲げられる人とか、輝かしい存在だと思っていたんですけど、実際は意外と雑用が多い。普段のサークル内の連絡や出欠確認なんかを一生懸命やっていると、チームメンバーも喜んでくれる。リーダーシップのあり方についていい意味でギャップを感じたり、自分オリジナルのリーダーシップのあり方をこの時発見できたと思っています。
―印象に残っている経験はありますか?
大学生3・4回生のときにアルバイト代を貯めて、とにかく旅行したことです。今はスマホでなんでもわかりますが、実際に行ってみると空気の冷たさや人との距離感など、体感しないと分からないことがたくさんある。
このことを大事にしてほしいと思っていて、採用の時、学生さんにはいつも「未経験をめっちゃ多く経験しといてください」って言っています。例えば、聴いたことのない音楽を聴く、食べたことのないもを食べる、行ったことのない町に行ってみる。とにかく広く浅くでいいので、なるべくたくさん経験してもらって社会に出た時の可能性を広げてもらいたいと思っています。
―大学生に戻れるならやってみたいことはありますか?
やってみたいことは留学ですね。学生のときは嫌だと思っていたんですけど、社会人になってからやっぱり行きたいって思って、41歳でシドニーに1か月間の短期留学しました。大人になってからのホームステイでしたが、帰るときは大号泣していました(笑)。でも、自分が普段いない環境に身を置くってやっぱり大事だと思いましたね。
実はこんな感じで毎年、自分の苦手なことに挑戦しているんです。大人になると苦手なことを避けても生きていける。でも、あえて向かってみると「よく頑張った、自分」って思える。それを繰り返すことで苦手なことも案外大丈夫なんだなって思えてきます。
当社でも「絶対積極」という言葉を使って、逆境や苦手なことこそ自分を成長させるチャンスだと考えて動いています。
―銀行員からマールブランシュの従業員に転身されたとのことですが、以前はマールブランシュについてどう思っていましたか?
学生時代は正直、継ぎたくないと思っていました。でも、大学で中小企業経営のゼミを選択していたので、振り返るとどこかで経営に興味があったのかなと思います。
考えが変わったのは就職後の銀行員時代ですね。地方銀行で中小企業の経営者さんと話す中で両親の顔が浮かんできました。「めちゃめちゃ苦労してるんや」と思って、手伝わないとだめだと頭が切り替わりましたね。
マールブランシュに入って最初の4~5年はとにかく現場でした。工場、店舗での接客、店長もしました。「まずは現場を知れ」というのが父の言葉でしたね。その期間の経験は本当に大きかったと思います。
―理想の社長像はありますか?
まずは父ですね。「お客様を大切にする」、「社員を大切にする」。両立が難しいこの2つを父はやってきた。その姿を一番近くで見られたことは貴重な経験だと思います。
その父を見習って、自分は従業員とのコミュニケーションをとても大切にしています。コミュニケーション費や同好会、社員旅行、託児所の設置、あと「日報」です。普段から日報を通して従業員一人一人との1対1のコミュニケーションを大切にしています。
京都を代表するブランドへ。

―社長が考える京都の町の魅力は何ですか?
古いものが古くならないところだと思います。時間が経つほど価値が深まっていくものが京都には本当に多い。同じ素材、同じ技法で再現された町家でも、何百年経ったものとは明らかに違う。その「時間が生む価値」が京都らしさだと思います。
―最後にマールブランシュとして、個人として、今後挑戦したいことや目標を教えてください。
マールブランシュを、地元のお客様に永く愛されるブランドにしたいと考えています。そして20年後も 30 年後も「このお店が京都にあってよかったな」と、地域の方々に思ってもらえる存在でありたいです。そのために、店舗やスタッフが街の一部になるような店舗づくりを目指して取り組んでいます。
また、看板商品である「茶の菓」がこれからもお客様に愛され続けることはもちろん、マールブランシュの京都を代表とするブランドに育てていくという目標も掲げています。
経営者として僕自身が特に意識しているのは多角化です。現在は洋菓子事業を主軸としていますが、すでに他事業も取り組んでいて、それらを伸ばすと同時に、新しい事業にも挑戦しています。
1 つの事業を一定の規模でコントロールしながら、第二、第三の柱を作っていく。
時代は常に変化するからこそ、複数の柱を持つことで、永く続く会社になると考えています。万全な会社の体制を築くことが目標ですかね。
こうした考えの背景には、僕の30 年間の目標を書いた自分のロードマップがあります。そこには、どんな経営者になっていきたいか、自分の人生にどのような目標をもつのか、この年齢になった時どういうライフステージがあるのか、そういったことをまとめています。
僕が恵まれていると感じているのは、自分が置かれている環境です。これからも、夢とかやりたいことが、沢山あります。人はどの環境に身を置くかによって、成長や歩んでいく道が大きく変わると思っています。環境というと物理的な場所をイメージしがちですが、それだけではありません。どんな人と関わるか、どんな文化に触れるか。そうしたものはすべて環境です。
今の時代、自分で環境を選択できる機会はたくさんあります。だからこそ、「自分の目標や夢を定めた上で、どの環境に身を置くかを選ぶこと」がとても大切だと思っています。
選択の積み重ねが、結果的に「自分がどんな人生を歩むのか」を決めていく。
そういう意識を持って、これからの人生を歩んでいきたいと考えています。
おわりに

今回は社長インタビューとしてマールブランシュの河内優太朗社長に取材しました。今回の取材で社長と従業員とのコミュニケーションを積極的に取り組む姿や、お客様の思いをくみ取り、寄り添う姿がとても印象に残りました。尊敬する父の姿を目指しつつ、より地域に密着しながら常に成長を続ける河内優太朗社長とマールブランシュに今後も注目です!!
(取材・文 立命館大学 文学部 福田拓)
(取材・文 龍谷大学 社会学部 永田藍梨)
(取材 大谷大学 文学部 宇野ヒカル)

