インタビュー

バレエで世界を救う、新しい「ジゼル」に込められた祈り―ウクライナ国立バレエ芸術監督寺田宣弘さんにインタビュー―

バレエで世界を救う、新しい「ジゼル」に込められた祈り―ウクライナ国立バレエ芸術監督寺田宣弘さんにインタビュー―
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来年1月に控えた、ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)の来日公演に先立って、7月26日、イオンシネマ京都桂川にて、ウクライナ国立バレエ芸術監督寺田宣弘さんの特別講演が開催されました。
この特別講演では、「芸術は戦争に負けない~日本の義援金で制作した『ジゼル』~」というタイトルで、ウクライナの現状や日本からの義援金で新しく制作した「ジゼル」に込めた想いなどをお話していただきました。また、ウクライナ国立バレエ団員たちのインタビューや「ジゼル」日本公演のダイジェスト映像も特別公開されました。

写真提供:光藍社(KORANSHA)

ウクライナ国立バレエは、旧ソ連における三大バレエの一つであり、160年の歴史をもつウクライナ国立アカデミー・オペラ・バレエ劇場を本拠地としています。古典の名作から、現代作品、ウクライナならではの作品まで幅広いレパートリーを持ち、バレエ界をリードする多くのスターダンサーを輩出しています。
半世紀以上も前から、日本でも公演が行われているそうです。
そんなウクライナ国立バレエを率いるのは、ウクライナで日本人として初めて国立劇場の芸術監督に就任した寺田宣弘さん。バレエ教師の両親のもと京都に生まれ、11歳の時にウクライナに留学され、ソリストとして活躍された後、バレエ学校芸術監督を経て国立劇場芸術監督としてウクライナで活動されています。
今回私たちは、寺田さんの幼い頃のエピソードや京都での思い出のほか、バレエの魅力、そして今回の作品「ジゼル」に込めた想いを伺ってきました。

「日本人としての心を忘れない」

――幼い頃からウクライナに留学されていたということですが、当時はどのような心境でしたか。

11歳の時に、日本人として初めて当時ソビエト連邦だったウクライナへ国費留学しました。「君はバレエの力を借りて、世界と日本の架け橋になりなさい」と言われて、今のウクライナのキーウの街に一人で行ったんです。行くときに両親からは「まず行く前に日本の文化、京都の文化をちゃんと学んでから行きなさい。自分の国、自分の生まれたまちの文化を知らない人間が、海外に行く必要はない。」と言われたんですね。私の両親は、私が小学校5年生の時に海外に行くのがわかっていたのかもしれませんね。小学校1年生の時から、茶道と生花を習っていて、ウクライナに行くまでずっと続けていました。今でも、日本人としての心を忘れてはいけないということを、一番大切にしています。

――京都での思い出や好きな場所はありますか。

京都ですごく好きな場所が2つあります。1つ目は、吉田山です。子供の頃、いつも吉田山で遊んでいたんですよ。2つ目が哲学の道です。帰って来ると、必ず何回かは散歩をしますし、山にも登ります。私が一番大切にしているのは、8月16日に行われる大文字の送り火で、幼い頃や、夏のツアー公演などで日本に滞在できた時は、翌日の朝早く起きて、山に登るというのをずっと続けています。去年は登れなかったのですが山の麓まで行きました。

心で繋がる芸術

写真提供:光藍社(KORANSHA)

――バレエの魅力というのはどういうところにあると思いますか。

バレエの魅力、一番美しいところは、“言葉が必要ない、国境が必要ない”ということなんですよ。心で繋がるというのが、バレエだけではなく全ての芸術の強さであると思います。今日の講演のテーマは、「芸術は戦争に負けない」ということ。
芸術の強さには、世界を救う力があるんですね。だから芸術がある。文化があるからこそ、その国の国民の素晴らしさがあると考えています。

――講演の冒頭で、ウクライナ国立バレエの説明をされた際に、「日本は大事な国」ということをおっしゃっていましたが、それは団員の方々も大切に思っているということでしょうか。

それはもちろんです。2022年は、明日があるかないか本当にわからない年でした。その中で、死ぬ思いでヨーロッパに難民として逃げて、いつ戦争が終わるのかも分からず、自分の国に帰ることもできません。
10歳からバレエを続けてきた団員たちは一瞬にして人生がなくなってしまうような、先の見えない日々を過ごしていました。
その中で私達を一つにしてくれたのが、日本でした。日本ツアーが決まったときはすごく嬉しかったです。

戦争の中、遠い日本の国から「ウクライナの芸術が生きている」というメッセージを世界に発信することができたのは、多くのウクライナの人々にとって、本当に大切なことだったと思います。

新しい「ジゼル」に込めた思い

写真提供:光藍社(KORANSHA)

――今回の来日公演で「ジゼル」を選ばれた経緯はありますか?

経済的にも苦しい中、日本の皆様からの義援金のおかげで、ずっと私たちの夢だった新作「ジゼル」を完成させることができたんです。
今年の1月には、世界初公演となる公演を東京で発表させていただきましたが、「もう一度見たい!」と多くの日本のバレエファンの方々に好評をいただきました。
その感謝の気持ちから、もう一度日本の皆様に「ジゼル」を観ていただきたいと2025年1月に来日公演を行うことにしました。今年は東京だけでしたが、2025年はなるべく多くの街を回りたいと考えているので、1人でも多くの日本の皆様に新しいジゼルを楽しんでいただきたいなと思っています。

――今回「ジゼル」を公演するにあたって、「新しいバレエを作りたい」とおっしゃっていましたが、具体的なイメージなどはありましたか。

3年間も続く戦争で、毎日どれだけの人たちが亡くなっているのかわからない状況です。日本でもニュースで取り上げられたかもしれませんが、キーウにあるこども病院にロケットが落ちたんですね。たった1秒間で60人近くの子どもたちが命を落としました。
そういう子どもたちは、最後に親に「さよなら」を言えなかったり、抱いてもらえなかったり、また多くの戦場で戦っている人たちは帰りを待つ家族に会えなかったりしています。

「亡くなったあとに、空で一つになる」

今回の「ジゼル」は、最後の部分の演出が従来の物とは違っています。
ウクライナの振付家で元芸術監督のV.ヤレメンコは、現在のウクイライナの状況を踏まえて演出を行いました。彼の演出に、私も同意しました。「魂が一つになって、新しい時代が生まれる」というイメージで、この新しい「ジゼル」を制作しています。若い人には、このような戦争は終わり必ず新しい時代はやって来るという希望を持って未来に進んで欲しいというメッセージを込めています。同時に亡くなった人には、またいつか会えるかもしれないという祈りも込めています。

――2025年1月の来日公演に行かれる方の中には、バレエを初めて見る人もいると思います。そんな人に注目してほしいポイントや、バレエの楽しみ方を教えて下さい。

バレエというものは、本当に素晴らしいです。一度見れば本当に素晴らしいと感じていただけると思いますし、二度三度とずっと見たくなるはずです。
一度見たら自分の人生の考えが変わるかもしれません。バレエは機会がないと中々見ることがないと思いますので、この機会に是非見に来てほしいです。ウクライナ国立バレエの団員一同、1月に皆さまにお会いできるのを楽しみにしております。

【来日公演】
ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)
「ジゼル」
1月11日(土)15:00 ロームシアター京都 メインホール
1月12日(日)15:00 フェスティバルホール(大阪)
光藍社チケットセンター 050-3776-6184 (平日12-16時)
<こうらんしゃ で検索> https://www.koransha.com/ballet/ukraine_ballet/

■公演の最新情報は、光藍社のホームページ、LINEほかSNSにて公開
チケット料金 S席17,000円~D席7,000円
管弦楽:ウクライナ国立歌劇場管弦楽団 指揮:ミコラ・ジャジューラ

(執筆:京都女子大学文学部 吉田妃那)
(取材:龍谷大学社会学部 永田藍梨)

この記事を書いた学生

吉田妃那

吉田妃那

京都女子大学 文学部

抹茶ときつねうどんが好きです。