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内向的だった私の京都での変貌

九州出身の私が何故京都に?

高校時代の筆者と友人のツーショット

唐突ではあるが、私は約3年前に、鹿児島から京都へやって来た。理由は第一志望の大学に落ち、ふんわりと次に志望していた大学がたまたま京都にあったことと、歴史がとても好きだったことの2つ。

小学生の頃から歴史が好きだった私は、高校の頃まで本の虫であった。学校生活や部活で人との交流はあったものの、少し内向的だったのかもしれない。そんな私が、大学受験失敗をきっかけに、歴史を目で見て、肌で感じられる京都に来た。

鹿児島から出てきた私。一人暮らしの中で行う家事や料理は初めてで、不安なことばかりだった。とりわけ、友達ができるかが本当に不安だった。知り合いが京都には勿論、関西にすらいなかったからである。この状況を打破するために内向的な性格を脱しなければとの思いから、少しずつ交流の機会を増やしていった。すると、様々な仲間を得ることが出来た。

 

好きなことだけじゃ物足りない!

歴史を勉強するために来た京都。最初は自転車で京都の寺社仏閣・街並みを巡り、肌で京都を感じてきた。歴史が好きというだけならこれで満足していた。

しかし、それとは別に常に何か物足りなさを感じていた。そんな事を思い始めた2回生のある時、友人に学内の国際交流の活動に誘われた。内容は、日本語でもできる活動だった。

「これなら語学力がない私でもいけるし、物足りなさも埋まるかもしれない。それで何か変わるきっかけになれば!」

そう思い、学内の国際交流を中心に、出来るだけ積極的に様々な活動にチャレンジしてみた。

 

今までにない人との繋がり

筆者と学生団体のメンバーの写真

様々な活動をしてきた私から物足りなさはいつの間にか消えた。

国際交流などの活動を通して一つ気付いた事がある。それは『人の繋がりや広がりの大切さ』である。

様々な活動をしていくなかで、意見のぶつかり合い、企画を考えたものの思った通りに進まない等、多くの失敗があった。現在でも様々な局面において失敗はある。しかしそんな私を助けてくれる仲間が多くいる。そうした仲間は、こうした活動をするまでは得ることが出来なかった存在でもあり、京都にいるからこそ出来た仲間でもある。

歴史が好きと言うだけであったら、高校までとさして変わらなかっただろう。でも京都には、歴史だけであった私を、新しい世界に連れ込んでくれた何かがある。

あなたも京都で、新しい何かを始めるきっかけを得て、最高の仲間と出会う体験をしてみてはどうだろうか。

 

(京都橘大学 文学部 中須賀 淳)

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