京都の大学生のリアルなライフスタイル紹介メディア



京都に“戻って”来た理由

はじめに

皆さん、はじめまして。私は、この春から同志社大学に通う一回生です。
私にとって、京都の歴史ある大学に入学することは、長年の悲願でした。
今回は、私がなぜそのような想いを抱いたのか、私の体験談を踏まえて、「京都に来た理由」を、いや、実のところ私は京都出身ですので、少し違った京都に来た理由になるのですが……。
人生で初めての記事を書いていこうと思います。

京都への想いが生まれた中学時代

私は、生まれた頃からこれまでの間、ずっと京都で過ごしてきました。
そのため、他府県の人が憧れるような、京都の歴史ある建造物や古都の雰囲気が身近なものとしてあり、それらを「特別」というよりは、「当たり前」と感じて過ごしてきました。
そして、私は中学校へ進学した頃を境に、自分自身の進路について真剣に考えるようになりました。そのとき私のなかで生まれたある一つの想い。それが、「京都の大学に入学する」ということでした。

後押ししてくれた家族

その想いが生まれた背景に、家族の影響が大きく関わっていたと感じます。
私は三兄弟の末っ子で、上に二人の姉がいます。姉たちが中学生の頃、父から「京都の良い高校に進学しろ」、と言われていましたが、私も中学生になると父から同じことを言われるようになりました。
幼い頃から耳にしてきた父の味気ない発言に嫌気が差し、「また同じことばかり言って……」と反抗する行動をとってもおかしくなかったと思いますが、私は説得力と魅力のある良きアドバイスとして捉えていました。

なぜなら、私の先をいく姉たちが、高校進学を経て京都の大学で充実したキャンパスライフを過ごしている姿を、目の当たりにしていたからです。

そのため、私は中学生の頃から、次のステージである高校よりも前に、「京都の大学へ進学したい」という想いが生まれていました。とは言っても当然のことながら、飛び級することなく、高校へ進学することになるのですが……。
その想いを実らせる最善策として、京都に数ある大学の一つである同志社大学の付属校を目指し、無事に進学することができました。
しかし、その高校は…大阪にあったのです。

大阪で見つけた新たな京都

私は3年間の高校生活を大阪で過ごしました。住んでいる場所はこれまでと変わらずもちろん京都だったのですが、毎日片道2時間程かけて通う学校は、まるで違う世界でした。
私が選んだ同志社大学の付属校は、京都にもいくつかあったのですが、私はあえて大阪にある付属校を選びました。それは単純に、環境の変化を強く求めていたからです。
中学から高校への進学という必然的に環境が変化する時期に、より大きな、いや、“ごっつい”変化を求め、京都という地を一度離れる決断をしました。

そして、大阪で3年間の高校生活を終え、環境の変化による新鮮味や様々な刺激によって、私自身のなかでも多くの変化が起こりました。
友人と遊ぶ場所の多くが大阪であったり、家族や地元の友人から関西弁が強くなったと言われたり……。
細かいことを含めると多くの変化がありましたが、その中でも、他とは比べようのない大きな変化を感じたことがあります。

それは、京都を「特別なもの」として感じるようになったことです。
大阪の高校に通うまでの私は、京都が織り成す特有の雰囲気を当たり前に感じながら過ごしていました。しかし、京都を離れ京都を客観的に見たことにより、他府県の人が京都に対して持つ憧れに似た気持ちが芽生えました。
大阪での高校生活が、私にとって、大なり小なり京都という地を身近で特別なものに変化させました。

おわりに

私は改めてこの春から、身近で特別な場所である京都で新たな生活をスタートさせました。まだ始まって少しではありますが、長年抱いていた想いがようやく現実となっている今の日々は充実そのものです。
そして私はこれから、そんな京都の魅力をコトカレを通して、全国の中高生を中心に伝えていきたいと思っています。それこそが私の「京都に“戻って”来た」理由です。

 

(同志社大学 政策学部 朴田健秀)

 

合わせて読んでみては?

この記事を書いた学生

ソーシャルメディア

ソーシャルメディアでも最新情報をゲットしよう!